空はまだ薄明るい。 一日の終わりが近付く合図はあと少し先。 太陽にさようならまで、もうすぐ。 新一年生しか在籍しない、本年度軟式から硬式になった西浦高校野球部。 初の公式戦を勝利に収め、しかも相手はあの桐青高校だったのにも関わらず 次の日には何時も通りの練習。 今はちょうど、グラウンドの整備をしているところだ。 そんな男所帯の野球部に 監督とマネージャー以外の女子が来た事は ちょっとしたハプニングであった。 一番星みつけた 「ちょっと、しのちゃん。やっぱりダメだよ、恥ずかしいよ」 「何言ってるの。大丈夫だって」 篠岡に腕をぐいぐいと引っ張られてきた彼女の手には小さな紙袋。 なんだなんだ、という目でみる部員達は整備が終わり集まり出した。 そこへ女子2名も予想通りやって来て・・・・・・ 部員達の視線は、篠岡が連れてきた女の子一点に集中した。 小柄でくりっとした瞳、恥ずかしさからであろう赤くなった頬。 腰まである長い髪はくせっ毛なのか、ふんわりと程好くカールがかかっている。 「篠岡ぁー、この子誰?」 そう聞いてきたのは田島。 聞こうにも勇気が出せずにいた他の部員達は「良くやった、田島!」と、心の中で勇者田島を賞賛し、ガッツポーズをした。 「同じクラスで、料理部のちゃん」 「へぇ〜。で、どうしたんだ?」 「田島君は今回関係ないから下がっててね」 「何でだよ!」 笑顔だったが、けっこう酷い言葉を言われただけでなく適当にあしらわれ、田島は不貞腐れたように地面を蹴った。 そこへ、ここから一番遠くを整備していた阿部と三橋が戻ってきた。 「おっ、。何してるんだ、こんなところで」 「阿部君・・・・・・」 「阿部君の、お友達?」 「あ?同中で同じクラスの」 の顔はどんどんと赤くなっていく。 袋を持つ手は震え、顔は俯いている。 「?」 「やっぱ無理!私、帰る!」 「何言ってるの!ここまで来たんだから」 「でも・・・・・・」 「ほらっ」 「キャッ!」 逃げようとしたの腕を篠岡はガッチリと捕まえた。 そしてその肩を掴み、もう逃げ場はないと言うように強く押して彼らの真ん前に立たせた。 胸の前で、紙袋を握る。 彼らだって、それがどんなものだか分かっている。 「「「(この中の誰かへのプレゼントだ!!)」」」 誰もが、自分へ来いと思っている。 その中、今の状況が把握出来ていない少年が一人。 落ち着かない様子で彼らとを交互に見ていた。 「あの・・・その、桐青との試合見て・・・・・・カッコ良かった、です。これからも頑張って下さい!」 両手で紙袋を持って、深く頭を下げると同時に腕を真っ直ぐに伸ばして差し出す。 それは一見、阿部に差し出しているように見えた。 誰の目にも。 もちろん、阿部の目にも。 「俺?」 阿部は顔色一つ崩さず、己を指差した。 しかし、深く頭を下げているに見えるはずがない。 そこへ助っ人、篠岡。 「違うよ。これは、三橋くんにだよ。ほら、、顔上げて」 「わっ」 篠岡はの肩を掴んで、無理矢理顔を上げさせた。 皆の凝視するほどの視線が自分に注がれていて、慌てて紙袋で顔を隠す。 「。誰に渡すものなのか自分ではっきり言え」 気付いた者がいるかは不明だが、阿部の機嫌は悪くなっていた。 のプレゼントが、自分にではなかったから。 内心、悔しくて虚しい思いをしていた。 は「ご、ごめんね」と反射的に阿部に謝っていた。 その態度に阿部が吐息をついたのは、「中学ん時からの付き合いなんだからもう少し慣れてくれたっていいじゃねぇか・・・・・・」というやるせない思いからだったのだが そんなことには分かるはずがなく、また小さく「ごめんなさい」と俯いた。 「もう、阿部君。をいじめないでよ」 「別にいじめてなんかねぇよ」 「、気にしなくていいんだよ」 「うん、大丈夫」 は力一杯微笑んで、大きく深呼吸をし 覚悟を決めた。 それはさっきとは全く違う、真っ直ぐな視線から分かった。 「三橋君!」 「は、はひっ!」 「これからも、頑張って下さい!」 「あ、ありがとう・・・・・・」 差し出した紙袋を受け取ってもらうことが出来、安堵した瞬間にまた恥ずかしさに襲われる。 「えと、じゃあ私帰ります。すいません、お邪魔しちゃって・・・・・・さようなら!」 「待った、!」 回れ右をして駆け出そうとするの首根っこを、篠岡は掴んだ。 ゆっくりと振り向いて視界に入れた篠岡の顔は、とびっきりの笑顔。 しかし、何か企んでいる事は纏っている空気で分かった。 「えっと・・・・・・しの、ちゃん?」 「三橋君と、一緒に帰りなさい」 「へ・・・・・・?」 「えっ、あの、僕?・・・・・・僕が、」 「えぇーーーっ!無理っ!いいよ、いい!悪いし」 「こういう時に積極的にならないと駄目なのよ!恋は先手必勝って言うでしょ!」 「だから、恋じゃないってば!勘違いしないでよ・・・・・・ただ、カッコ良かったって言っただけだよ」 「その想いも、もしかしたら明日変わるかもしれないってことがあるでしょ?特別な感情は大事にしないと。ということで、三橋君、のこと宜しくね」 「えっ、あの、その・・・・・・」 顔を赤くしながら慌てているに困惑気味の三橋。 部員達はそんな二人を、面白がったり哀れんだり羨んだりしながら見つめている。 笑顔でを差し出され、三橋は初めてをしっかりと見て顔を赤らめた。 それは女子に慣れていないからか、それとも・・・・・・。 その光景を羨ましそうに、そして面白そうに見ていた野球部の他メンバーは 目の前で起きている『恋愛』という青春の一ページに一役買って 「三橋、送ってやれよ!」 「暗くなってきたしな」 「お前のために残ってくれたんだぞ!」 どうにか二人を一緒に帰らせようと、三橋をその気にさせるためにあーだこーだと 言いまくる。 結果、三橋だけでなくも巻き込み、二人はもう一緒に帰らなければいけない状況を 作られてしまって。逃げたくても逃げられず、追い詰められて。 もう、青春の一ページとか淡く綺麗なものでなくなっていた。 帰らなければならない。でも、恥ずかしい。 どうしよう、どうしよう。と焦る思いに緊張で強張る体。 助けて欲しくて、同時に潤んだ瞳を傍観者となっていた阿部へと向けた。 「うっ!(助けを求められている。しかも三橋だけでなくまで!ったく、俺にどうしろっていうんだよ。止めろっていうのか!? 別に良いけど、止めたらは誰が送っていくんだ?・・・・・・距離的に俺だよな。でも、からは絶対に送ってと言わない。 三橋に帰らせなければ、俺が誘う事になる。そうしたら囃され・・・・・・バレる!それは駄目だ!)」 阿部は反射的に視線を逸らし、必死になって考え。 心の中で二人に「(くそっ、悔しいけど・・・・・・ごめん!)」と深謝しながら 一歩、二歩と三橋に近付き、その小さくなった肩に両手を置いて 「三橋、送ってってやれ」 その言葉を喉から搾り出した。 後ろから歓声が上がる。 「えっ、でも・・・・・・」 「でもじゃねぇ!」 「ひぃっ!」 「それ貰ったんだから、お礼も兼ねて送れ!」 阿部の迫力に負け、三橋は涙目で何度も何度も頷いた。 ったく、と阿部は心の中で舌打ちをした。 「(俺だってこんなこと言いたくねぇよ。でも、は俺より三橋を選んだんだ)」 切ない決断。打ち破れた期待。 それは誰しも経験することだと聞いたけれど、いざ自分がその立場になってみると なんとも言えぬ胸の痛みと空虚など。 感情や言葉が押し寄せては消え、押し寄せては消えていく。 祭り上げられるように部室へと連行されていく三橋を見つめながら、阿部もそれに着いていく。 その時後ろから 「諦めちゃうの?」 振り向くと、今回の事の発端である篠岡が寂しげに問うていた。 「何が」 言いたいことは分かっていたが、が傍にいるのに肯定なんて出来なくて。 平然に、何も分からないという顔を向けた。 ちらっ、と横目で見たは緊張を落ち着かせるためか、胸の前で手をギュッと握って ゆっくりと歩いていた。 それは阿部がいるのとは反対方向で、どんどんと遠ざかっていく。 それが、想いを映しているように思えて、また切なくなった。 篠岡は阿部との距離を、声がには聞こえなく阿部は聞こえる距離に縮めた。 「まだ恋じゃないよ」 「は?」 「奪っちゃえば?」 確かに、そういう考えもある。 でも 「(んなこと出来ねぇよ)」 自分を好きでいないのに、奪って何になる。 得るのは幸せでもなんでもない。 ただ、切なさだけ。 阿部は小さく吐息して。 「言ってる意味が分かんねぇ。俺、着替えるから」 あくまでも平然として。 自分の想いも隠して、駆け足でもう見えなくなっていた皆を追った。 「せっかくアドバイスしてあげたのに」 篠岡はぷくぅっと頬を膨らませた。 「(でも、阿部君らしい、か)」 頭に浮かんできたしかめっ面の阿部に、くすりと笑って。 自分も着替えに行こうと、に「校門で待ってて」と言って、更衣室まで駆けて行った。 * * * そしてお待ちかね(三名除く)の、下校タイム。 ウキウキしているのは、当人ではなく他の人達。 二人は顔すら合わせようとしていない。 「じゃっ、お先にぃ〜!」 一番テンションの高い田島を先頭に、皆は自転車に乗って一人二人といなくなって 最終的に二人きりになった。 「えっと、その・・・・・・」 「帰っても、良いよ。だって、みんなに言われただけ、だから」 「じゃあ、行こうか」と言いたかったのだが恥ずかしくて声に出せない。 しどろもどろとしていたら、こちらもつっかえつっかえだが、三橋よりははっきりとした言葉がの口より発された。 その言葉に、三橋は悩む事なく首を横に振ることが出来た。 なぜだか自分でも分からない。 けれど、ドキドキはまだ残るけれど、だんだんと落ち着いてきて。 「帰ろう、よ」 それだけだが、なんとか言う事が出来た。 頷きの代わりに笑顔が返ってきて、それを合図に歩き出す。 自転車を押して、薄暗い道をゆっくりと。 会話もなしに、足だけが進む。 落ち着いてきたのは良いが、今二人の頭の中を駆け巡っていうのは同じだろう。 〔何を話せば良いのか〕。 「(そういえば、クラス知らない、や。聞いて、良いのか、な・・・・・・?)」 「(野球ってそこまで分かっているわけじゃないし・・・・・・どうして野球始めたの?とかって聞いて良いこと、かな?)」 そんなことを幾つも幾つも考えている内に 「あっ」 が声を上げて立ち止まった。 つられて三橋も立ち止まる。 「うち、直ぐそこだから。ごめんね、遠回りさせちゃって」 三橋は強く首を横に振る。 それが嬉しくて、は優しく微笑んだ。 「送ってくれて、ありがとう。じゃあ、またね」 出ては消える疑問。 向けられようとしている背。 「(えと・・・う、俺・・・・・・)ま、待って!」 今日初めて、に対して出した、はっきりとした声。 向けられた背が振り返り、また顔が向けられる。 胸のドキドキがまた大きくなってきた。 「あの、そッ・・・・・・」 ハンドルを握っていた手をもっと強く握る。 翳りかけの勇気で、顔は俯いてしまったけれど。 「俺、カッコ良くなんか、ないよ。4点も取られたし・・・・・・勝てたのは、みんな、のおかげだから。だから・・・・・・」 「そんなことない!」 三橋が呼び止めたときの声よりも、はっきりとした大きな声が消極的な言葉を消し去った。 ハッ、と顔を上げる。 電灯の薄い明かりしかないから表情は分からない。 けれど、その言葉に 強く背中を叩かれたような気がした。 「三橋君はカッコ良いよ!だってあんなに頑張って投げてたんだもん!勝てたのはみんなのおかげじゃなくて、みんなと三橋君が頑張ったから勝てたんだよ!」 は力強く、人差し指を立てた手を空へと向けた。 輝く星たちの中に、一層強い光を放つ星が一つ。 「三橋君は、一番星だよ!だって凄く輝いてたもん。誰よりも野球が好きだって、伝わってきたもん。だから、胸を張って」 薄明かりの中見えた笑顔。 それはキラキラ輝いているように見えて。 とても、優しかった。 三橋は浮かびかけた涙を強く拭って 「ありがとう」 空を見上げた。 背中に一番を貰った時、とても嬉しかった。 そして今日、違う一番を貰った。 夜空で一番輝く星、一番星を。 「あっ、ごめんね。でしゃばった事、言っちゃって・・・・・・」 「ううん」 三橋は首を横に振った。 何かが芽生え始める。 小さな、何かが。 それは、輝くもの? 「あの、」 「なに?」 翳りは消えて、勇気は熱くなる。 ドキドキ、ドキドキ。 でも、さっきのとは違う。 「名前・・・教えて、もらえる?」 「です」 、。 覚えはあまり良いほうではないから、忘れないように何度も頭の中で復唱する。 「(まだ、恋じゃない・・・・・・と思う)」 は名前を聞かれ、ドキドキしてきた胸を抑えて、そんなことを思った。 ほんの少しずつ変わり始めたドキドキ。ほんの少しずつ変わり始めた想い。 気付いているようで気付いてない。 だって、 初めてだから。 そんな初々しい二人を、乳白色の月の光りが優しく照らしていた。 ++++++++++++++++++ 相互記念に、ぽこ様への捧げ物です。 三橋君夢のはずですが、阿部君がでしゃばってます(汗) そして篠岡のキャラが全く違います(爆) 初恋前を書いたつもりです。 あんなに素敵な柚木さんを頂いたのに、こんな作品で良いのか心配ですが・・・・・・ おお振りのキャラが未だ掴めず、申し訳ないのですが・・・・・・ 愛はしっかりと込めてありますので、どうか受け取ってください。 相互ありがとうございました。 これからも宜しくお願いします。