君は僕のもの
音楽関係でないつまらない教科に眠くなりながら欠伸を噛み締め
やっと放課後。
ここは音楽科の屋上。
コンクール参加者が良く利用していることから、普通の生徒は今あまり近寄らない。
植え込みを囲むようにして並んでいる木造のベンチに
音楽科1年ピアノ専攻であるは座って本を読んでいた。
今読んでいるのは、リストの伝記。並行してパガニーニも読んでいるが、それは鞄の中に入っている。
ここまではどこにでもあるような平凡な光景だが
視線をの顔から下に持っていくと、誰もが少しは驚くだろう。
の足を枕にして、同じく音楽科1年でコンクール参加者である志水が寝ているのだった。
それはもう気持ち良さそうに、スースーと寝息をたてながら。
はそれを大して気にしていないらしく、読み進めて疑問があったらまた戻って読んでを繰り返している。
その時
二人だけの空間に、一人の来訪者が現れた。
扉が開いた音に反応し、はゆっくりと顔をあげた。
来訪者はを見つけると嬉しそうに顔を輝かせ、こちらに寄ってきた。
「ちゃん!」
「火原先輩。練習ですか?」
「うん!ちゃんは?・・・・・・って、志水くん?」
今までしか視界に入っていなかったので、志水の存在に気付き少々驚き、
つまらなそうな羨ましそうなガッカリしたような顔をした。
もちろんはそんな表情に気付いていない。
「はい。話していたら寝ちゃって・・・・・・」
苦笑するの態度に、火原は小さな疑問を覚える。
「膝枕?」
「え?あ、これですか?桂ちゃん、頭を右に左にゆらゆらさせて危なっかしいからこうしたんです」
「あっ、そうなんだ。羨ましいな・・・・・・」
「え?」
心の中で呟いたつもりだったのに、それはしっかりと口から発されていて
何て言ったかまでは聞き取られなかったが、何かを言ったのは分かったので
は首を傾げた。
「あっ、ううん、何でもないよ!ただ、志水くん気持ち良さそうだな〜って」
「そうですね」
ふんわりとした微笑は、まるで柔らかな春風を連れてくるようで
火原は顔を赤らめた。
しかしその微笑は自分に向けられているものではなく、志水に向けられていたもので。
は自分の足を枕にして気持ち良さそうに寝ている志水の、猫毛でくせっ毛でふわふわした髪を優しく撫でた。
火原は自分はここにいてはいけないような気がして
「えーっと、あっ、そうだ!今日、兄貴と約束があるんだった。忘れてたよ、俺。
じゃあ帰るね。ばいばい」
「さようなら」
適当なことを言って、慌ててその場から去って行った。
焦るように、まるで夏の雨のように来て直ぐに去ってしまった。
そのテンポについていけなくて、はあっけらかんとしながら火原を見送った。
「どうしたんだろ、あんなに慌てて」
ポツリと呟いた瞬間、髪をくいっと掴まれ引かれ、の身体は右へと傾いた。
小さな小さな痛みに少しだけ顔を歪ませ下を向くと、ボーッと志水が瞳を開いていた。
「おは「僕達に気を使ったんだよ」
「え?」
おはよう、と言おうとしたのに先に話されてしまい、言い切ることが出来ず
その事に怒ろうとしたが志水の言葉の意味が分からなくては疑問符をあげた。
志水は身体をゆっくりと起こし、右手での髪を掴んで、左手はベンチについて。
顔をに近づける。
は少し顔を朱に染めて、逃げるように少しだけ身体を反った。
「どうして逃げるの?」
「だって、顔近い・・・から・・・・・・」
「駄目?」
「駄目っていうか・・・ここ、いつ人が来るか分かんないし、恥ずかしいし・・・・・・」
「大丈夫だよ。ここには僕達だけしかいないんだから」
「そう、だけど・・・・・・」
もう一センチ、近付かれた。
心を打つ速度はどんどんと加速していく。
「逃げられないよ」
ベンチについていた左手で、の右手を掴んだ。
男の子の手・・・・・・。
分かっている事なのに。手を掴まれた事なんて数え切れないほどあるのに。
そんなことをはこの状況下の中思っていた。
「一つ知っていて。僕だって焼きもちを焼いたり嫉妬をしたりするんだ」
「えっ、あ・・・うん」
「あんなに火原先輩と楽しそうに話して・・・」
「そんな、普通に話していただけ・・・・・・って聞いてたの!?」
「うん。火原先輩の声で起きて」
「起きたの!?あの滅多なことじゃ起きない桂ちゃんが・・・・・・」
「に変な虫が近付かないように」
「変な虫って火原先輩だよ」
「に近付く男の人はみんな変な虫だよ」
さらっ、と酷いことを言って。
でもそれが酷いことってことには気付かないほど恥ずかしそうに嬉しそうに
顔を紅梅色に染めた。
それが可愛くて愛しくて。
志水は微笑んで
「好きだよ、」
そっと優しく言葉を発して
ゆっくりと顔を近づけていく。
「えっ、あ、ちょ、桂ちゃん」
慌てるだが、もう逃げようとはしていない。
あとちょっと・・・・・・あとほんの数センチ・・・・・・・・・のところで
「忘れ物ぉ〜!俺のカツサンド!!」
勢い良く扉が開かれて、再び火原が登場。
入ってきたときにドアノブにかけたカツサンドの入った袋を手にし、安堵して
「ん?」との方見て、顔をトマトくらい真っ赤に染め上げた。
だって、今にも二人はキスしてしまいそうだったから。
「あっ、う・・・えっ」
どぎまぎする火原と、この状況を見られてしまった恥ずかしさに目を逸らす。
志水だけが冷静で、何事もなかったように一瞬、その愛しい唇に口付けて
火原の方を見ながらを抱きしめた。
「は僕のものですから。邪魔しないで下さい」
「あ、そう・・・なんだ。・・・・・・ごめんね!!」
ショックを受けたように下を俯き、目の前でキスシーンを見たことに対して頬を赤らめ
火原はショックと恥ずかしさで頭をこんがらせながら、走り去っていった。
去ったのを確認し、を見ると、赤い顔をして頬を膨らませていた。
怒っているようだが、顔が赤いのは怒りのためではない。
「桂ちゃんの馬鹿」
不貞腐れたように呟いて。
けれど過ぎたことでもう見られてしまったのだからと
諦めたように息を吐いて。
「今度からは場所を考えてね」
「うん、分かった」
と、微笑みながら頷いたが
絶対分かってないな・・・・・・
はそう心の中で呟いて。
でも、憎めないのは、好きだから。大好きだから。
「桂ちゃん」
「何?」
「私、も・・・好き、だよ」
緊張しつつ恥ずかしがりつつ発されたその言葉に
志水はこれ以上嬉しい言葉はないというほど
笑顔を浮かべて
腕の中にいる愛しい人を抱きしめた。
++++++++++++
甘め。
けっこう前から考えていたものなのですが
初めは
「黒柚木がいるなら黒志水もいて良いのではないか」
などとおかしなことを思い
「何、僕以外の男と話してるの?」
のような、ブラックな志水を書こうと思っていたのですが
「駄目!志水くんは可愛いの!可愛さをなくしちゃ駄目!」
と思ったので、こうなりました。
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