二度目に会ったのは、二人きりの屋上だった。 フェンスに手を掛けて、今の今まで空を見つめていた彼女の瞳は憂いを秘めていて 一瞬、声をかけるのを躊躇った。 でもその躊躇いよりも、勝ったのは〔話したい〕という願望、欲望。     phrase.2 購買のカツサンドとトランペットを持って、俺は屋上へと続く階段を一歩抜かしで 上っていた。 好きな場所。 良く、練習をする場所。 もうすぐ着くというところで、俺は始めてそれに気付いた。 綺麗な歌声。 澄んだ、優しい音色。 聴いたことある。 確か・・・・・・プッチーニの『私のお父さん』だ。 オペラ『ジャンニ・スキッキ』の中の有名な曲。 俺はその歌声に惹きつけられる様に階段を上り、そーっと扉を開いた。 青空と一緒に、女の子が瞳に映る。 音楽科の制服、長く艶やかな焦げ茶の髪。 俺は音を立てぬように扉を閉めると、側に座り込んだ。 初めてトランペットの音を聞いたときの感覚に似ている。 胸が大きく鼓動をうつ。 気持ちいい。 ずっと、この声を聞いていたい。 ずっとここにいたい。 そんなことを思いながら、ぼーっと声に聞き入っていた。 こんな澄んだ声のように、澄んだ心の持ち主なのかな? って、ちょっぴり詩人気取りなことを思っていたら ふっ、と声が消えた。 全ての照明が落とされ、真っ暗闇になってしまったような感覚。 俺は意識をこっち側にもってきて、彼女を見た。 見上げた・・・と言った方が相応しいね。 目と目が合った。 彼女と、俺の。 彼女の瞳しか見つめていなかった視界を、徐々に広げていき、全身を映した。 そして 彼女が誰だか分かった。 「・・・ちゃん?」 一瞬、声をかけるのを戸惑った。 フェンスに手を掛けて、今の今まで空を見つめていた彼女の瞳は憂いを秘めていたから。 柚木の知り合いの子。 知り合いよりももっと関係は上みたいだった。 そう思ったら胸がチクッとした。 この痛みは、何だ? 痛みの真相を知る前に 「確か、梓馬さんのお友達の・・・火原先輩でしたっけ?」 ちゃんは俺の前のちょこんとしゃがみ、小首をかしげた。 顔が熱を帯びる。 体中が熱くなる。 何だ、この感覚・・・・・・・・・ 理解不明な感覚に襲われながらも、俺はそれを笑顔で隠した。 「うん、そうだよ。覚えてくれてたんだね」 「梓馬さん以外で初めて話した先輩ですから」 『梓馬さん』っていう言い方がどうも気になる。 ねぇ、君は・・・・・・ 「・・・・・・ちゃんは、柚木とどういう関係なの?」 って聞いてみてちょっと後悔した。 なんか、失礼じゃない、こういう聞き方? あ゛ぁ―!俺に柚木的要素が一カケラでもあれば、もっとマシな聞き方が出来たのかもしれないと、心の中で頭を抱えた。 「ご、ごめんね!変な聞き方しちゃって!!」 慌てて謝る。 でも、そこまで悩む必要ななかったみたいだ。 ちゃんはちょっと困ったように笑って 「いえ、気にしてませんよ。梓馬さんのお父様と私の父が幼い頃からの友人でして・・・ あと、柚木家は父の会社のお得意様でもあります」 ・・・・・・って困らせてんじゃん、俺! 「あっ、そうなんだ」 やっぱり。思ったとおり、お嬢様だ。 だって、仕草や言葉遣いが他の女の子と違うんだもん。 うん、やっぱりそうだったか。 風が吹いて、ちゃんの長い髪の毛を躍らせながら去っていく。 なびく髪を耳に掛けるようにして抑える、そんな仕草にさえ胸は高鳴る。 俺、変だ・・・・・・・・・ 腕時計を見たちゃんは、慌てて鞄を持つと 「すいません。お迎えが来る時間なので。また、お話して下さいね」 「うん。ばいばい」 笑顔を浮かべ、走りはしないが足取り早く、帰っていった。 俺は手を振り、見送る。 ・・・・・・ん?また? 何時とか指定はないけれど また会って話すことが出来る。 「お話して下さいね」 っていうことは、嫌なイメージはあたえてない、ってことだよね。 自然を頬が緩み、何かを吐き出すかのように、俺はトランペットを取り出して 思いっきり吹きだした。 君へ、届くようにと。    ++++++++++++ 距離が少しだけ縮まった気がした。 ずっとここで止まってました(汗)
BACK/ NEXT