「金澤先生」 呼べば直ぐに気付いて振り返ってくれる。 直ぐ傍にいる。 手を伸ばせば掴める距離。 あの日も、そんな距離に私はいました。 けれど、届きませんでしたね。 年齢と、生徒と教師という関係が邪魔をして。 いいえ。 本当に、私のただの片想いだったのかもしれませんね。    Phrase.2 呼んで振り返った金澤の顔は、まるで幽霊でもみたかのような顔をしていて。 その顔が可笑しくて、はくすくす笑いながら、手を伸ばせば掴める距離まで近付いた。 「お久しぶりです。どうしたんです?まるで幽霊でもみたような顔をして」 「いきなりお前さんが現れるからだろう。何時帰って来たんだ?つーか関係者以外、ここは立ち入り禁止だ」 「あら、硬い事言わないで下さい。仮にもOBでコンクール経験者なんですから・・・って言っても伴奏者ですけどね。 大丈夫です。許可はとってありますし、演奏が始まる前には席へ戻りますので」 その時、参加者達がぞろぞろと入ってきた。 は「あら」と小さな声をあげ、残念そうに微笑した。 「学校のほうはどうしたんだ。休みじゃないだろ?」 「一週間ほどお休みを頂いてきたんです。こちらで打ち合わせをするので」 「打ち合わせ・・・・・・あぁ、この度は優勝おめでとさん」 「ありがとうございます」 少し遅れて、月森が入ってきた。 楽屋で練習すると言っていたので、香穂子は疑問を口にした。 「どうしたの?練習は?」 「姉さんに変なインタビューをされては困るので見張りに来た」 「あら。そんな変なインタビューなんかしないわよ」 苛立つ瞳は、金澤とを捕らえている。 二人をどうにか引き離したくて、月森は二人へと近付いていった。 天羽もそれに続いていく。その瞳は興味で輝いている。 「打ち合わせついでに聴きにきたんか?」 「いえ。聴きたかったので日本で打ち合わせをする事にしていただいたんです」 一呼吸開けて。 両手を強く握って。 は薄暗闇に咲く、一輪の花のように微笑んだ。 「・・・・・・三月で私、二十歳になりました」 「それは、おめでとうさん」 「あの日の約束、覚えていますか?」 金澤が口を開こうとした・・・・・・時 「姉さん。もう直ぐ始まります。席へ戻って下さい」 華奢な肩を掴んで、月森が二人の中へと割って入っていった。 「分かってるわ。それより蓮、お話の途中に割って入るのは駄目よ」 「話はコンクール終了後で良いでしょう」 「報道部ですが、約束って何ですか?」 そしてその二人の間に、今度は天羽が割って入った。 「ちょっ、君。話に割ってはいるな」 「月森君だって言えないでしょ。お姉さん、金澤先生との約束って何ですか?」 ちらり、と金澤の方を見 視線が合うと、金澤は直ぐに視線を逸らした。 天羽はニヤリと微笑む。 「もしかしてもしかすると恋仲とかだったりします?」 直球な質問に、は困ったように微笑み 「ご期待に添えなくてごめんなさい。大した約束じゃないのよ。私がまだこの学院にいた時に、 二十歳になったら飲みに連れていって下さるという約束をしたの」 「あっ、そうなんですか。ちぇ。金やんを突っつく良いネタかと思ったのに」 「こら、天羽。教師で遊ぼうとするな」 「すいませーん。じゃあお姉さん。少しインタビューしても宜しいですか?」 「ごめんなさい。蓮にも怒られてしまったし、もうすぐ始まるそうだから、席へ戻るわ。 それに、今日の主役は私じゃなくて、コンクール参加者の子達でしょう?私へのインタビューは、また今度ね。では・・・・・・あぁ、そういえば」 背を向けて去ろうとしたが、振り返って金澤に問う。 「音楽準備室の場所は変わっていませんか?」 「あ?あぁ。変わってない」 「そうですか。放課後は何時もご指導ありがとうございました。ではまた」 頭を下げて去っていくの後を、月森は追った。 皆はそれを視線で追い、完全に見えなくなってしまうとその視線を金澤へと向けた。 まだ少しの疑いが残るから。 「・・・・・・・あぁ、そういえば金やん声楽専攻だったんだよね」 火原のその一言に、みんなの中の、二人の関係は教師と生徒というものになった。 「姉さん」 呼び止めた後ろ姿は 自分よりも小さいはずなのに、今だに大きく感じられた。 「あら、蓮。良いの?舞台袖にいなくて」 「一番最後ですから。・・・・・・本当の約束はなんだったんですか?」 「え?・・・さっき言ったでしょう?」 「あれは嘘だ。姉さんは嘘をつく時、何時も目線が下へいく。本当の約束とは、なんだったんですか?」 「嘘ではないわ。本当よ。私は席へ戻るから。信武君を待たせてるの。蓮・・・・・・貴方は不器用だから。 人前になると何時もの音を出せなくなってしまう。人前でも何時もの音を出せるようになれば、貴方は最高のヴァイオリン奏者になれるわ」 「ちょ、姉さん」 呼び止めるが、は振り返らない。 最後の言葉と本当に約束が交じって、もやもやしている。 後ろ姿を見送って、楽屋へと向かった。 この気持ちのままではきっと、良い演奏は出来ないと思ったから。 嘘ではないわよ。 本当に、高校生の時に金澤先生がおっしゃったのよ。 「二十歳になったら飲みに連れてってやる」 って。 でも・・・・・・えぇ。 さっき言おうとした約束は、これではないのよ。 もっと重要な・・・・・・卒業のときにしてから、一日たりとも忘れなかった 約束。 やっと果たせる日が、来たのね。  ++++++++++++ 月森君にとってのお姉さんは 大きくてそして大好きな存在。 それは昔から変わらず、ずっときっとこの先も。 金澤先生登場。 ちなみに第2セレクションでの出来事です。 BACK/ NEXT