08 八神家にて
「ただいま」
「お邪魔、します」
警戒。
それは例えるなら、ペットショップで買われた犬が、初めて飼い主の家に行ったときのよう。
正に、今の朔耶はそれだった。
そんな朔耶を見て、ヒカリはくすくす笑い出す。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。罠とかなんてない普通の家よ」
「べ、別に警戒などしておらん」
「朔耶ちゃん可愛い」
「馬鹿を言うな!」
朔耶は顔を少し赤らめ、それを見られるのが嫌なのか直ぐにソッポを向いてしまった。
それを見て、ヒカリはまた笑う。
「あら、お友達?」
エプロンで手を拭きながら、ヒカリの母が顔をだした。
「うん。前言ってた転校生の白鳥朔耶ちゃん」
「あの転校生の子ね。宜しくね、朔耶ちゃん」
その笑顔に、朔耶は一瞬切なそうな顔をしたが、すぐにいつもの無表情にもどり
「お願いする」
と礼儀正しく頭を下げた。
「あらあら、びしょ濡れじゃない。どうしたの」
「海に入った」
「海?」
ヒカリの母は首を傾げつつも、その理由を問わず
「風邪ひくわ。今すぐシャワーを浴びて。ヒカリ、服貸してあげて」
「は〜い。あっ、朔耶ちゃん鞄貸して」
朔耶の鞄を持ち、パタパタとスリッパを履いた足で小走りで、ヒカリは自分の部屋に朔耶に貸すために服を取りに行った。
「さ、朔耶ちゃん。お風呂はこっちよ。身体の心まで暖まりなさい。ご希望だったらお風呂も沸かすけど」
「あっ、いえ、良いです」
「そう。じゃあごゆっくりね」
朔耶の背を押し、強引にお風呂に連れて行く。
カチャリとお風呂のドアを閉め、朔耶はその場に一人っきりになった。
「私はここにいていいのだろうか」
朔耶はポツリ、呟いた。
「ここは暖かすぎる」
冷え切った自分の身体を抱きしめる。
「兄さん…………」
潤んだ目で、天井を見つめた。
お風呂から出ると、服と下着が置かれていた。
服は黒のスカートに英語がプリントしてある白の長袖Tシャツ。
下着、靴下は先ほど朔耶が身につけていたものを軽く洗い、乾燥機で乾かしたものだ。
身体を拭いてから、もぞもぞとそれを着、頭を拭きながら扉を開ける。
「あっ、朔耶ちゃん。服のサイズ大丈夫?」
朔耶がでるまで待っていたようで、ヒカリは朔耶を見てにっこり笑った。
「あぁ、ありがとう」
「どういたしまして」
歩きながら言葉を交わし、ヒカリの部屋に入り、ヒカリは後ろに隠していた物を取り出した。
「乾かすね」
「な、いい。自分でやる」
「いいから、座って」
「うっ…………」
ドライヤーだった。
強引に椅子に座らされ、朔耶は渋々そこに座った。
ブウォ―と音を立てながら、暖かい風が朔耶の髪を少しずつ乾かしていく。
「良いな、朔耶ちゃんの髪つやつや」
「そうか」
「うん。羨ましい。あっ、今日どうする?この後家帰る?朔耶ちゃんが良かったら、
明日休みだしうちに泊まってかない?」
「はっ?」
急な話で、朔耶は疑問符をあげた。
するとクルモンがいきなり飛び出てきて、朔耶の膝の上に座り
「泊まるクル〜」
と可愛らしい声を出して、朔耶の代わりにOKをだした。
ハァ、と朔耶はため息をつき
「だ、そうだ」
「じゃあ、決まりね」
ヒカリはドライヤーのスイッチを切り、櫛で軽く朔耶の髪を梳かした。
「家に連絡いれる?」
「いや、いい。どうせいてもいなくても同じようなものだからな、私は」
その言葉は「今日の朝ご飯はいつも通りだった」的なもので、ヒカリは一瞬、言葉の意味を理解することが出来なかった。
そして理解をして、後悔した。朔耶の家庭事情を忘れていた。
「ごめんね」
「謝られる方が数倍腹が立つのだが…………」
「あっ、ごめん」
「別にいい。もうあの家庭も親も、私にとっては日常だから大丈夫だ。もう慣れたよ」
微笑する朔耶の表情は、少し寂しそうだった。
「そっ、か」
ここで自分も沈んだら駄目だと、ヒカリは無理して笑顔をつくった。
「ん。誰か来る」
テリアモンがそう呟いた。
皆、ドアに視線を向ける。
足音が聞こえる。
その足音はだんだん大きくなっていき、ぴたりと止まった。
それと同時にがちゃりとドアが開く。
「よぉ!朔耶ちゃん、いらっしゃい」
「お兄ちゃん」
ヒカリの兄で、元選ばれし子供の八神太一だった。
「初めまして。俺、ヒカリの兄の八神太一。中二だ。よろしくな」
太一は手をさしだし握手を求めた。
しかし朔耶は差し出された手を握らず、ヒカリの方を向き
「誰だ」
さっき太一が自己紹介をしていたのにそう問った。
「だから、私のお兄ちゃん」
苦笑しながらヒカリが答える。
「そうか。白鳥朔耶だ。宜しく頼む」
「あぁ。こちらこそな」
差し出された手が、握られることはなかった。
「夕飯だってさ。早く来いよ」
そう言い、太一は部屋から出て行った。
「朔耶ちゃん、行こ」
「あぁ」
「テリアモンとクルモンには後で持ってきてあげるから」
「わ〜い!だクリュ」
「ありがとう」
朔耶とヒカリも部屋から出て行った。
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