コンクール終了後 少女のピアノを聴いた後 見て見ぬ振りをして、顔を洗って涙の痕を消した少女を見た後 お互いそれぞれの家路に着いて・・・・・・ 別々の場所で別々の環境で別々の行動をして けれど想うは、同じ    第二十楽章 夕飯前。 お腹は空いているはずなのに、何時もだったら台所へ食料を探しにいくはずなのに 身体はどこか無気力で。 火原はベッドの上で膝を抱えてただただボーッと、のあの演奏と言葉と涙と ただそれだけを考えていた。 「(・・・・・・ちゃん、どうしてピアノ弾かないんだろう?あんなに上手なのに。 てか大好きって、大切ってなんだろう?指輪・・・・・・好きな人?ヤダ!・・・って、え?)」 疑問に葛藤に意味不明な感情に。 たくさんのものがごちゃごちゃに、まるでサラダボウルにいれられて混ぜられたように。 その所為で、五感は全て思考のもとにいき、開かれた扉の音にも 名前を呼ばれたことにも全く気付かず 「樹・・・・・・おい、和樹!!!」 「うわぁっ!!!」 驚きのあまり、体勢を崩して背を預けていた壁にぶつかりそうになった。 顔をあげると、腕を組んで仁王立ちをしている兄の姿。 「何だよ兄貴・・・」 「何だよって、お前が何だよ。ずっと呼んでるのに魂抜けたみたいに何の反応も示さねーで。メシだ!」 「あっ、うん」 何時もの火原なら笑顔で「うん!」などと言って元気良く立ち上がって台所へ向かうのに。 髪の毛を掻いて、まだ立ち上がろうとしない。 「どうしたんだ?」 「別に」 「あ、そ。何でもいいけど、早く降りてこいよ」 「あっ、兄貴!」 「ん?」 背を向け先に行こうとした兄を呼び止める。 組んだ手を後頭部にあてながら歩き出していた兄は、くるりとまた火原の方を向いた。 「何だ?」 「あっ、あのさ・・・・・・女の子が指輪を見て泣く時ってどういう時だと思う?」 「あ?・・・・・・そりゃあ、失恋したときだろうな」 予想出来た答えがそのまま返ってきて、火原は小さく「そうだよね」と呟いた。 違う。あれは、失恋よりももっと辛いものだと思う。 「何でんな事聞くんだよ。・・・・・・はっは〜ん、さては好きな子が出来たな!」 「なっ、そんなんじゃないって!」 「別に恥ずかしがらなくって良いんだぞ。そうか〜。和樹にもやっと春がきたか〜」 「ちょっと、そんなんじゃないって・・・・・・兄貴!」 にやりと笑って勝手に解釈をして出て行こうとする兄に必死で訴えようとするが 兄は聞く耳持たずで、扉を閉めて行ってしまった。 「そんなんじゃ、ないって・・・・・・」 小さく呟いて、座った体勢のまま横に倒れた。 枕をぎゅっと抱きしめる。 「そんなんじゃない。ただ・・・・・・・・・」 帰ってきて直ぐ自室に行き、手馴れた手つきで着物を着、帯を締めた。 腕組みをし、窓から空を眺めて。 思い出すのは、少女のことばかり。 日野の行動にも少々興味を持ったが 少女は、格別だった。 泣いて笑ってまた泣いて。 あれだけ周りの空気、皆の心をかき回して。 「(興味・・・そんな簡単なものではない。イラつきも感じない。けれど何故か惹かれる。 何故だ?人の涙になんて、心動かないと思っていたのに)」 けれど何故、何故あの悲痛の声が・・・切なすぎる演奏が、耳から記憶から 消えないのだろう。 「お兄様!」 答えが出そうにない疑問が降っては積もり、降っては積もりをして 少々己にイラついていた時だった。 呼ばれてハッとして、空よりももっと遠く、窓よりももっと近くにいっていた意識をこちら側へ戻し、 視線を妹の雅へと向けた。 「あぁ、雅。お帰り」 「ただいま、お兄様。今日のコンクールはいかがでした?」 「まぁまぁ、かな?」 「お兄様ならきっと良い成績を修められるに違いないわ。頑張って下さいね」 「あぁ、ありがとう」 そう微笑んだ柚木の表情が、何時もと少し違う事に雅は気付いた。 毎日のように見ている、大好きなお兄様だから。 「どうなさったの?コンクールで何かありました?」 「何故、そう思うんだい?」 「だってお兄様、少し笑顔が硬いから・・・・・・」 表情に感情が出ることなんて、ありえないと思っていた。 完璧なはず。なのに・・・・・・今日の自分は、どこかおかしい。 「何か悩み事でもありますの?」 「いや、特にないよ。疲れているのかな?色々あった、コンクールだったし・・・・・・」 「色々?」 「あぁ」 そう頷いて、また窓の外の景色に目を向けた柚木の表情は 何時もと変わらないはずなのに、どこか険しい印象を与えた。 雅はしばし、その横顔から目が逸らせなくなり 胸の前で、拳を握った。 「・・・・・・お兄「ねぇ、雅」 その横顔に声をかけようとしたら 途中で遮るように名を呼ばれ、こちらを向かれ 雅は一先ず安心した。 「何です?」 「雅だったら、どんな時に涙を流す?」 「涙?」 「あぁ」 いきなり何を聞くのかと不思議に思ったが、少々考え その口を開いた。 「・・・私はあまり泣かない方ですが、お兄様がいなくなったら悲しくて悲しくて泣いてしまうわ」 「どうして?」 理由は分かるが、敢えて聞いてみる。 その理由を、どう言葉にするか聞きたかったから。 雅は決まってるじゃないですか、と言いたげに微笑んで 「梓馬お兄様は、私の大好きで大切な人ですから」 その言葉は聞き覚えのある・・・気になる言葉に似ていて、一瞬目を見開いたが 妹をこれ以上心配させてはいけないと思い、完璧な微笑を浮かべた。 「ありがとう、雅」 「はい!では、私着替えてきます。おばあ様に制服姿を見られたら怒られてしまうわ」 「そうだね」 去っていく妹の後ろ姿を見送って 閉められた襖をしばし見つめ また、外へ向ける。 空には星。 けれど頭のスクリーンに映るのは、少女。 少女も、言っていた。 ―――――大好きなのに、大切なのに・・・・・・ 家族?それとも恋人? だって、あの指輪は絶対に婚約指輪。 「どうしてこんなに気になるんだ。・・・・・・こんなの、俺らしくない。 ただ・・・・・・・・・・・・」 帰ったら両親が帰ってきていた。 ついさっき、こちらに着いたようだ。 久しぶりに家族で夕食をし、しばし休んでヴァイオリンを弾き始めた。 真剣に、集中して・・・・・・いるはずなのに チラッ、チラッと 今日の日の少女が、過ぎる。 ほんの些細なことで涙を流した少女。 自分を初恋の相手だと言った少女。 切なすぎるピアノ。 その腕は、音楽科にいてもおかしくないほどだった。 ・・・・・・いや、音楽科で上位にいられるほどだった。 ヴァイオリンを弾いても ヴァイオリンだけに集中したくても 少女のことが一瞬過ぎるだけで 音がぶれて、眉間に皺を寄せる。 「(気になることは認めよう。あのような演奏を聴いて、気にならない方がどうかしている。 けれど、何故音にまででるんだ、感情が)」 この状態のまま続けても意味がないと思い、一度ヴァイオリンを下ろして 大きく息を吸って吐いた。 その時 二つのノック音 「はい」 返事をすると、扉が開き、そこには母である美沙が。 「お茶を淹れたのだけれど、どうかしら?」 「もう少し練習をしてからいただきます」 「分かったわ」 頷く代わりに微笑んで、月森に背を向けてその場を去ろうとしたが ふ、と振り向いた。 「・・・・音が少し悩んでいるけれど、コンクールで何かあったの?」 「いえ、特に何も」 「そう。なら良いわ。じゃあ、下でお茶淹れて待っているわね」 「はい。あともう一回弾いたらいきます」 今度こそ、扉を閉めて。 月森はまた、この部屋に一人になった。 直ぐにはヴァイオリンを弾こうとはせず、ヴァイオリンを見つめる。 「悩み・・・なのか、これは?・・・・・・違う。ただ・・・・・・・・・・」 お風呂に入った後 濡れた髪を乾かさず、そのままベッドにダイブして仰向けに寝転がった。 片手を枕にして、もう片手を伸ばす。 少女に握られた手を。 土浦はその手をじっと見つめた。 何故か熱を持ったように熱く感じる・・・・・・暑くなんてないのに。 「別れの曲・・・・・・華麗なる大円舞曲・・・・・・どちらもショパン・・・・・・んなことはどうだって良い。 たったの2曲なんだから」 少女の笑顔を思い出して 言葉を、涙を、音楽を。 それと同時に自分の行動も思い出してしまい、恥ずかしくなった。 まだ覚えている、髪の感触。 柔らかくて、艶やかだった・・・・・・って、何考えてるんだよ、俺。 伸ばした手を握って、何かを吐き出すように力強く叩き付けた。 しかしベッドの上なので、痛くもなく音も弱々しい。 「あんなに泣きそうなくらい切ない音・・・初めてだ」 土浦はギュッと目を瞑り、腕で目を覆った。 「何なんだよ、これ・・・・・・くそ!」 何だか胸がムカムカモヤモヤしている。 何だ、この蟠りは。 「・・・・・・違う。そんなんじゃない。これはただ・・・・・・」 何時も通り、寝る前にチェロを弾く。 ふ、と志水は手を止めて音を奏でるのを止めて 「(音が・・・何時もと違う。理由は分からないけど、何かが違う)」 じっ、と考え始めた。 「(今日のさんのピアノ・・・・・・切なくて、泣きそうなくらいの音・・・・・・どうしてあんな音が奏でられるのだろう? ・・・・・・どうしてあんなに上手なのに、弾かないのだろう?何か、理由があるのかな?)」 人差し指を顎に当てて、ぽつり呟く。 「もっと弾いて欲しいと思ったのに・・・・・・」 でも、ずっとは聴いていられないと思った。 こっちまで辛く、泣きそうになるから。 「・・・・・・何でそう思うんだろう?・・・・・・・・・あれ?」 胸が小さく痛みを発して、志水は胸を抑えた。 それは一瞬のことで、もう跡形もなく消え去っている。 「今のは何なのだろう?分からない・・・・・・ただ・・・・・・・・・・」 ただ、 あの演奏が耳から離れないんだ。 ただ、 あの涙を消した後の笑顔が 胸を締め付けたんだ。 ただ、 気になるんだ。 という たった一人の少女が。   ++++++++++++++++++ 彼女の音を聞いて、彼らが思うのは? 女子も書こうかと思ったのですが、思ったよりも長くなってしまったのでカット。 ネオロマですし。
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