次の日。 何となく、会いにくかった。 何て声をかけて良いか分からなかった。 まだ心に残る蟠り。 けれどそれは に会って・・・・・・   第二十一楽章 朝、登校時 「和樹先輩!」 「あっ、ちゃん・・・・・・」 後ろから名を呼ばれ、火原は振り向いた。 こちらへと駆けて来るのはで、火原はぎこちなく笑った。 でも 「おはようございます」 向けられた陰りない満面の笑みに 「おはよう」 火原もつられて微笑んだ。 さっきはちゃんと笑えなかったのに、何故かのその笑顔を見たら 普通に笑えた。 さっきのぎこちなさが嘘のようで 胸が熱くなって嬉しくて 悩みなど何処かへ吹き飛んでしまった。 昨日の演奏。 泣いていたのが分かって、自分も悲しくなって。 ねぇ、笑ってよ。 心の中で呟いていた。 届いたのかな?と火原は思い、笑顔が見られたことがとても嬉しくて。 笑ってくれたことが、とても嬉しくて。 が火原の隣りに来て、一緒に校舎へと向かう。 その時 「火原、さん」 名を呼ばれ、二人同時に振り向いて 彼を視界にいれた。 「柚木!おはよう」 「おはようございます、柚木先輩」 「おはよう」 立ち止まって、柚木を待つ。 ゆっくりとこちらへ歩いてくる柚木の表情は何時も通りだが、内心は驚きと疑問と、 そして興味などが渦を巻いていた。 あんなに辛そうに悲しそうに、泣いていた少女が 昨日の今日で、もうこんなにも笑っている。 何故か至極惹かれて仕方がない。 糸で心を引っ張られているような・・・・・・・・・。 何故心が動かされるのか分からない。 涙だって笑顔だって 大したものではない。 「(だから分からないんだ・・・・・・)」 小さく吐息して、 柚木はそんな自分に苛立ちを覚えつつ 火原とと共に歩き出した。 昼休み。 階段で、すれ違った。 軽く会釈をして、「こんにちは」と微笑を浮かべた少女をもう少し見ていたくて。 「あっ、おい!」 気づいた時には止めていた。 「?何ですか?」 髪を揺らしながら振り返るの手には一冊の本。 どうやら図書室に行くところだったらしい。 のところまで上っていき、二段くらい下で土浦は足を止めた。 「えと、ごめんな、引き止めて」 「大丈夫ですよ」 「あー・・・・・・・・・」 止めたのは良いが、特別言いたいことがあって引き止めたわけではないので、詰まる。 理性よりも本能が先走ったに近いから。 だって、昨日の切なすぎる演奏が、未だに耳から離れないでいるから。 「・・・・・・昨日は良く眠れたか?」 考えた挙句、発された言葉は自分でも恥ずかしくなるほどどうでもいい様な言葉で。 もうちょっとマシなことを考えられないのか、と。 理系寄りの頭を恨んだ。 「昨日、ですか?」 「あ、あぁ。ほら、普通科でしかも1年だろ?一番精神的に負担があるかな、ってな。 それに、日野のことで泣いたり、月森のことで興奮したりと百面相してたからな」 「百面相って・・・そんなに激しかったですか?」 「あぁ」と頷いた土浦の返答に、は納得いかないように少し唇を尖がらせた。 「・・・・・・・・えと、精神的負担はそんなじゃないですよ。そこまで柔じゃありませんから」 その笑顔は、か弱き少女ではなく力強いもので。 そこら辺にいる女子と違うに、どんな感情であれ、惹かれているのは確かだった。 「そうか。なら良かった。・・・じゃあ寝られたんだな」 「はい。帰って、お風呂入って、ご飯もろくに食べずに寝てしまいました」 「よっぽど疲れてたんだな。無理すんなよ」 一瞬だけ、なんとも形容し難い、お世辞にもその言葉に喜んでいると言えない そしてどこか切なそうな雰囲気も漂わす微笑を浮かべ。 「ありがとうございます」 次には、満面の笑みを浮かべていた。 その笑顔を、何故昨日は涙で濡らしていたのか。 聞こうにも聞くことなど出来ず、軽くその小さな頭を優しく撫でるように叩いて 別れたのだった。 放課後。 練習室へ続く廊下で後ろ姿を発見して、志水は嬉しそうに眠たげな瞳を見開いて綻ばせた。 「さん」 後ろから名を呼べば、次の瞬間には振り向いて、笑顔を浮かべてくれる。 「志水君」 弾む声で名を発して、志水のところまで小走りで来た。 「何?」 「練習ですか?」 「んー・・・そうしようと思ってたんだけどね、練習室いっぱいで。だから帰ろうかな?って思ってたの」 その言葉を聞いて、志水は暫し考え込み・・・・・・ 「じゃあちょっと時間良いですか?」 「うん、良いよ。どうしたの?」 「聴いてほしいんです、演奏を」 はにっこりと笑んで 「良いよ。聴きたい、志水君の演奏」 頷いた。 何故、そう思ったかは分からない。 演奏を聴いてもらったところで、昨日胸を痛めたものが何だったのか分かるなんて 思っていない。 その前に、その原因がであるかさえも不明なのに。 けれど、聴いて欲しかったんだ。 椅子に腰掛け、小さく息を吸って。 は椅子に座って、ただただ志水を見つめる。 そして、奏で始めた。 グルックの『メロディ』を。 曲調は愁情。 昨日の彼女の音ほど切なくは奏でられないけれど。 何かが、伝われば良いと。 演奏が終わり、余韻に浸って。 ゆっくりと顔をあげると、が優しく微笑んでいた。 「すごく綺麗だった。メロディはヴァイオリンとフルートしか聴いたことなかったんだけど・・・・・・私、好きだな。チェロで弾くメロディ」 その瞬間。 胸にまた、小さな痛み。 けれど直ぐに消えてしまい、志水は胸にそっと手を当てて首を傾げた。 「どうしたの?」 「いえ、何でもありません」 答えは何も出てこなかった。 ただ一つ、分かった事がある。 胸の痛みの原因が、だということを。 帰り道。 校門を出る手前。 「月森先輩!」 名を呼ばれ、彼は何時も通りの愛想のない表情で振り向いた。 視界に入ったのは、の姿。 その表情が少し柔らかくなったことに気付くのは、ここには誰もいないだろう。 「途中まで宜しいですか?」 「あぁ」 隣に来て問われ 特に断る理由もなかったので、月森は素直に頷いた。 は嬉しそうに「ありがとうございます」と微笑んだ。 二人で歩いている間 話しているのは専らで、月森は相槌と短い返答程度。 けれどは嫌な顔一つせず、最近聴いた音楽のことや学校であった些細な出来事などを 話した。 の昨日の演奏が、頭の中で何度も反芻される。 また聴きたいと、珍しい事を思っている自分に驚いた。 「あっ」 会話が途切れ、が足を止めた。 つられて月森も足を止める。 「どうした?」 「あの、私こっちなので」 指差した方向は、自分が行きたい方向とほぼ反対方向を指していた。 「そうか」 内心ちょっとガッカリしている自分がいることに、月森は気付いた。 「はい。今日は楽しかったです」 「!・・・・・・楽しかった?」 その微笑と言葉に、月森は驚きで目を見開いた。 自分は頷いたり短い返答しかしていないのに・・・・・・。 疑問は何時の間にか 「俺はほとんど何も話していないのにか」 口から外へと発されていた。 その問いに、は柔らかな微笑を浮かべ 「お互いが同じだけ話すことが会話じゃないんですよ。話し手がいて聞き手がいれば、会話は成立するんです。 月森先輩は私の話をしっかりと聞いてくれました。それで良いんです」 会話が少ないと、無愛想と不満な顔をされた。 けれど彼女は違う。 話すことを強要せず、話したければ話し、聞いていたければ聞いていれば良い空間を つくってくれる。 一瞬にして、今の空気がとても心地良いものに感じられるようになった。 「俺も・・・・・・」 「?」 「俺も、楽しかった。また話を聞かせてくれ」 「はい。また一緒に帰りましょう」 ピアノのことを演奏のことを聞きたかったけれど、やっぱり止めにした。 隠れて弾くのには何らかの理由があるのだろう・・・・・・涙だって。 言っても言い日が来たのなら、きっと彼女から言ってくれるだろうから。 そう思ったから、何も問わず、月森は薄っすらと微笑を浮かべてを送った。 なんだかとても良い気持ちで、この余韻を何時までも味わっていたいと思い、 今なら良い演奏が出来そうだと、足早に家へと帰ったのだった。   ++++++++++++++++++ つまってました・・・・・・ やっと書けたものです。 次は合宿編に入ります! 主人公のことが色々と明らかになります。
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