香穂子も皆に遅れて、やっと食事を終えてデザートも食し終わった。
今は食後の休憩タイムで、紅茶やコーヒーを飲んでいるところだった。
第六楽章
香穂子はの席に携帯電話が置き忘れられているのを見つけ、それを手にとった。
白いボディに、繊細なシルバーのストラップとピンクの革のストラップ。
後で荷物のところにでも置いておいてあげようと、自分の直ぐ側に置いた時だった。
携帯電話が鳴り始めた・・・・・・震え始めた。
着信音なしのバイブにされていたようだ。
皆はそれに反応し、の携帯電話へと視線を向けた。
香穂子は携帯電話を手に取った。
サブ画面には〔 家 〕の文字。
家からの電話なら、一応体調を崩して寝ているということを伝えた方が良いと香穂子は判断し、恐る恐る通話ボタンを押した。
「もしもし・・・」
緊張して発した声は小さくて、果たして電話向こうに届いただろうか。
いや、普通の声で話していたとしても、届かなかっただろう。
何せ
『!無事かぁーっ!!』
『巽己、うるさい。まったく、だからに嫌われるんだ』
『なっ、いつが俺を嫌ったんだよ!はな、俺を愛しているんだ。そして俺は世界で一番を愛しているんだ!!』
『あー、はいはい。妄想発言はそこまでにして。、そっちはどう?』
次兄である巽己の声が香穂子の声に被ってきて、呆気に取られている間に電話の向こうで何やら叫んだり制したりしている。
その声は香穂子の耳に伝わるだけでなく、全てではないがその場にいた全員に伝わっていた。
「銛塚の兄貴達か?」
「・・・・・・あっ、うん。そうみたい」
唖然としていた香穂子は、土浦に声を掛けられやっと意識をはっきりとさせた。
小さく深呼吸をして、落ち着かせる。
このままではあっちのペースに持っていかれっぱなしになってしまう。
『?』
「あの、すいません。ちゃんは今体調不良でおやすみになっていまして・・・・・・」
やっと香穂子の声が届き、声と話の内容から電話向こうにいるのがではないと兄達はようやく分かったらしい。
興奮は段々と落ち着いていって、静かになった。
『じゃあ、貴女はどちら様ですか?』
「2年の日野香穂子といいます」
香穂子の名を聞いた途端、彼らはまた興奮を取り戻し、電話向こうはまたざわつき始めた。
『あぁ、香穂子先輩!』
『例の!』
『よくから話を聞いてます。優しくて素敵な先輩だと』
「いえ、そんな・・・・・・」
香穂子は照れて苦笑した。
皆に聞こえたのは前の2人の声だけなので、香穂子の反応を見て疑問符をあげた。
なぜ、照れる必要があるのかと。
『で、は大丈夫なの?』
「はい。貧血気味だったんですけど、それはもう大丈夫みたいで。今は寝ています」
『飯は食ってたか?』
「いえ、一口も。・・・・・・たくさん泣いたから、って」
香穂子の言葉を聞いて、向こうはしんと静まった。
何やら話しているらしいが、小さすぎてこちらまでは聞こえてこない。
3つの声のどれが誰なのだろう?一番落ち着いている人が長男の人かな?などと思いながら、香穂子は待った。
『ごめんね。変な間を開けてしまって』
「いえ!」
急に言葉がきたから、驚いて普通よりやや大きめの声が出てしまい、香穂子は開いている手で口元を押さえた。
相手は一番落ち着いた話をする、優しい声の人だった。
『何で泣いたの?』
「あの、お母さんの話を・・・ちゃんがピアノを弾かなくなった理由を話してくれて」
また向こう側で話している。
今度は少し聞こえた。
「母さんの?」「良く話したな・・・」「で、言う?やっぱ」
という言葉が。
何を言うのだろう。もしかして、お母さんのことは言ってはいけないことだったの?
変にまた、緊張し始め、香穂子は携帯電話をキュッと握った。
香穂子の言葉を聞いて、皆の視線も注がれる。
何を話しているのか、知りたいと。
『・・・・・・それを聞いていたのは、コンクールの参加者全員?』
「はい。電車の中で」
『今そこにみんないる?』
「はい、います」
『じゃあ、スピーカーにしてもらえるかな?一つ、言っておきたいことがあるんだ』
「はい」
その声はとても優しくて、がとても愛されていることが伝わってきた。
香穂子はスピーカーボタンを押して、携帯電話をテーブルに置いた。
「終わったのか?」
「ちゃんのお兄さんが言っておきたいことがあるんだって」
「言っておきたいこと?」
「はい」
香穂子は携帯電話を指で押して、テーブルの真ん中の方へやった。
皆の視線は携帯電話へ。
凝視している者もいれば、ちらりと見るだけの者もいるが。
『大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
『じゃあ・・・あのね、』
『男共、よぉーく聞け!にな・・・に指一本でも触れやがったら・・・・・・』
『あー、たつ兄は黙っててねー。ほら、ひろ兄』
『ごめん、うちの馬鹿が・・・・・・。で、のことで言っておきたいことがあるんだ。
が人前でピアノを弾かなくなった事は、知っているんだよね?偶然でも何でも良いから、聴いたことある?のピアノ』
「はい、あります」
『どうだった?』
「どうだったって・・・・・・」
「俺は、やめるのはもったいないと思いました。あれだけの技術を持っているんだし」
「あれなら音楽科でも、上の方にいられるよね」
口々に意見を言う。
男子達の声が聞こえ、電話向こうで巽己が何かを言おうとしていたが、どうやらまた制されたらしい。
「とても、綺麗でした」
「もっと、聴きたかったです」
という、冬海と志水の声は小さくて、きっと向こうまでは届いていないだろう。
でも、二人の言葉と微笑に皆も優しく頷いた。
『ありがとう。あれだけの技術を持っていて、何でやめてしまったんだろうって思った?』
「はい」
「あれだけの技術を持っているなら相当練習してきたんですよね。不謹慎な言葉ですけど、
人一人の死でやめられるものなんですか?」
「そうだよね。大好きだ、って気持ちが話を聞いてて伝わってきたよ」
土浦の言葉は、皆の思いの代弁だった。
の話を聞いたとき。
火原の言うとおり、大好きって気持ちが伝わってきたから。
どうしてそれほどまで大好きだったものを、やめられたのか。
確かに人の死というものは大きなものだけれど、本気でやっていたなら・・・・・・・・・なんで?
『確かに、そう思うよね。俺達も思った。でも、俺達が思っていた以上にの中での母さんの存在は大きかったんだ。
その母さんの死が、が生まれて初めて見た人の死だったこともあって、ショックがとても大きくてね・・・・・・』
『どうにか止めさせずにはすんだけど、音楽の道へ進むのは止めてしまった。あいつ、音楽止めて将来何になるつもりなんだろ・・・・・・?』
『そうじゃないだろ、玲人。このコンクールをきっかけに、また目指し始めてくれることを願っている、だろ!』
『あっ、ごめん。心の声が出た』
『ったく。まぁ、言っておきたかったことはこのくらいなんだ。人一人の死で止めてしまえる程度の気持ちだったなんて思わないでほしい。
それほどまで、母さんの存在は大きかったのだから』
大好きだったピアノを、止めてしまえるほど大きかった存在。
彼女の母のことは良く知らないのだから、どれほどの存在だったかは想像出来ないけれど。
誰よりも、大きな存在だったということは分かった。
けれど、止めないで欲しい。
さっき、兄の一人が言ったように。
このコンクールをきっかけに、彼女がまた人前でピアノを弾いてくれますように。
心で、願った。
しん、と静まり、一人一人色々な想いや考えを巡らせている中。
電話の向こうで一人、空気を読んでいない奴がいた。
いや、読んでいるのだが他人のことより自分のことなのだ。
「話、終わったか?じゃあ、良いよな?」などと言っている。
それは、今まで制されて何も言えなかった、の兄の一人。
『お前ら、良く聞け!に・・・俺の大事なに何かしてみろ。再起不能にして人生めちゃくちゃにしてやらぁ!!』
『だからたつ兄、怖いって・・・・・・。そうじゃないだろう?あいつにも言った事を言えよ。じゃないと不公平だ。
あいつは俺達の言いつけを守って我慢しているんだから』
「あいつ」とは誰だろう?
疑問に思いながらも、やるといったら絶対にやりそうな声色に、皆は顔を引き攣らせた。
『わぁーったよ。あーっと、が十六になるまで、あいつは俺達のものだ。誰にもやらねぇ、やるものか!
つーか!一生俺の側にいてくれぇーーーー!!!』
『はいはい。たつ兄も早く以外に好きな人見つけて妹離れしようね』
『出来るかっ!あいつはな、非行の道へと走りそうになった俺を正しい道へとやってくれたんだ。あいつがいなければ今頃俺は・・・・・・』
『それ耳たこだから。それじゃ、まぁそういうことで。そろそろ夕飯だし』
『の飯が食いたい・・・・・・』
『今日は父さんのだって』
『ごめんな。何かバタバタして。巽己の言う事はあまり気にしなくていいから。十六になるまで・・・っていうの以外。
じゃあ、のこと、宜しく頼みます。では』
ぷつり、と電話は切れた。
言いたいことを言って。
何か言いたいことはあったような気もするが、彼らの言葉が強すぎて
消えていってしまった。
「なんか、凄いお兄さん達でしたね・・・・・・」
「だね。特に、たつきさんって人が」
「でも、ちゃんが凄い大切にされているんだって、思いました」
「そうだね。ほんと、だからあんな良い子に育ったのかな?」
冷めた飲み物で喉を潤わし。
皆はそれぞれ行動を始めた。
印象の強すぎる、彼女の兄達の余韻を胸に残しながら。
「それにしても、あいつって誰なんだろう・・・・・・?」
ぽつり、と火原は呟いた。
なぜか胸にチクリと、小さな痛みを覚えて。
++++++++++++++++++
お兄ちゃんズ(オリジナル)でしゃばりですね。
巽己を書くのが楽しかったです♪
彼が出るとギャグになります。
オリジナル度強ですが、大丈夫でしたでしょうか?
主人公の話だけでは説得力が弱いので、つけたしみたいな感じです。
それと、後々出てくる彼のために。
「16歳まで〜」は重要なのです、たぶん。
BACK/
NEXT