涙が、離れない。
変にこの胸は疼き、気持ち悪い。
俺が泣かせた。
いや、そうではない。
彼女があそこまで傷ついているとは知らなかったのだから。
死を、あんなにも引き摺っているなんて。
二年の時間を経た今でも。
だからあれは、不可抗力だ。
分かっている。
けれど、消えないんだ。
これは、罪悪感なのだろうか。
違う。
では、なんだという。
分からない。
だが、原因は分かっている。
あの、涙。
この胸の小さな小さな鉛の正体は分からないが
悪いことをしたといえばしたのだと思う。
だから
「さん」
練習室の前を通った彼女を呼び止めた。
第十楽章
振り向いて、小首を傾げて、小走りで柚木のところまで来て。
「何ですか?」
「電車の中でのことなんだけど、ごめんね。君の気持ちも考えずに、浅はかなことを言ってしまって」
はっきり言うと、また傷つけてしまいそうだったから。
そっとオブラートに包んだ。
だからか、柚木が言っていることを理解するのに少しだけ時間を必要としたようで。
「・・・・・・あっ、気にしないで下さい」
分かった途端、切なげな顔で精一杯の微笑を浮かべた。
「本当?」
「はい。それに、きっと何時かは言わなければいけないことだったと思うから。言う機会が出来て良かったと思っています。
私の方こそ、あんな姿を見せてしまってすいません」
「泣く事は悪くないよ。泣く状況を作ってしまった僕の方が悪い。・・・・・・何時かは言うつもりだったの?」
「絶対とは言えませんけど。何時か、言わなければならない状況が出来てもおかしくないのかな、と思った事はあったので」
母親は学院の卒業生だったし、舞台でピアノを弾いたら誰かが聴く可能性もある。
同じ中学校や小学校だった者もいることだし。
ピアノが弾ける事は、何時ばれたっておかしくなかった。
そして、母親の事も。
音楽科と関わるのだから、知っている人がいるかもしれないと、小さな期待を抱いていなくもなかったから。
「そっか、それなら良かった」
「すいません。気遣わせてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、引き止めてしまって」
「いえ。じゃあ、練習頑張って下さいね」
「さんも」
最後に向けられた笑顔は
精一杯の笑顔ではなくて。
心からの笑顔。
誰の胸も、打つ。
見えなくなるまで、の背を見つめ
柚木は練習室へと静かに戻っていった。
「なぜだ・・・・・・っ!」
気になっていたことは解消したのに
なぜ、この胸は一層疼くのだろう。
不思議と気持ち悪くない苛立ち。
正体も、その色さえ分からぬ感情。
「くそっ!」
柚木は壁に拳を強く振り下ろした。
心の警報機が鳴る。
これ以上、この感情は育ててはいけないと。
自分のためにならないから。
この感情が何なのか
一生分からなくて良い。
ただ、一つだけ分かることがある。
自分自身でも思って驚いた事。
こいつになら
俺の本性を見せても良い。
と。
ふと、思っている自分がいて。
柚木は眉間に皺を寄せ、
彼女の最後の笑顔を思い出した。
++++++++++++++++++
書きたくて。
柚木さんとか、1対1で書かないと気持ちとか分からないと思って。
というのは後から取って付けた言葉で、
ただ書きたかっただけです。
柚木さんがあまり出てくれないので。
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