第五楽章
「ちょっと聞いて良い?」
自己紹介を終え、握手をした二人は、音楽科の練習棟へと来ていた。
ルルが「ここでは人に見られてしまうので……」と提案したのだ。
扉を閉めると、はそう、疑問符をあげた。
『えぇ、何でもお聞きになって下さい』
「……音楽科の人じゃなくて、本当に私で良いの?」
は不安気にそう問うた。
ルルはその問いに『ん?』と小首を傾げ、優しく優しく、に微笑みかけた。
『……ここの言葉で、オンガクとは音を楽しむとお書きになるのでしょう?私はその通りだと思いますの。
音楽は誰でもお楽しみになれるものであって、コンクールだって音楽科だけのものではありません。それを分かっていただきたいんですわ
……もっと、身近に音楽を感じて欲しいのですわ!普通科の素人と謙遜しなくて宜しいんですのよ。
あなたは私と波長が合う数少ない人間なのですから、胸を張って下さい。波長が合うということは、音楽においても何かしらの可能性を秘めているはずなのですから……ね』
両手でガッツポーズをしたルルに「ありがと」と、は微笑んだ。
それは、嬉しくて嬉しくて、心から発された本当の言葉だった。
「私ね、どんな形でも良いからコンクールに関わりたいと思ってたの。だから、ルルと
出会えて嬉しい!」
『私も、と出会えてとても嬉しいですわ。だから、あなたに音楽の祝福を……』
ルルがステッキを振ると、の前に何かが浮かび上がってきた。
「!?」
それは除除に形を明確にし、数十秒後には
「トランペット?」
と分かることが出来た。
はそれを手に取り「凄い!」と声では言わぬが、表情で感激を表現した。
『これは魔法のトランペット……あなたにこれをお授けしますわ。私が長年研究し、完成したトランペットですのよ。
これには私の魔力が秘められていますの。ですから誰にでも奏でることが出来ます……じゃなかったわ。
完成と言いましても、お恥ずかしながらまだ試作段階ですの。
ですから私と波長が合う方でないとトランペットと上手く共鳴しない恐れがありますのよ』
「そうなんだ……凄いね、ルルって」
『ファータですから、当然ですわ』
褒められて、ルルは頬を赤らめた。
『試しに吹いてみて下さい』
は緊張を抑えるために大きく一回深呼吸をし、マウスピースに口をつけた。
目を瞑り、全集中をトランペットにつぎ込み……息を吹き込んだ。
「!出た……」
『素晴らしいですわ!ブラボーですわ!』
ルルは手を叩き、の真ん前へと来た。
『音も中々でしたわ。トランペットは初めてですの?』
はコクリ、頷いた。
『では…何かやったことある楽器はありますの?』
は切ない顔でトランペットを見て、ルルを見て。
「うん」と声に出さず、頷いた。
『何をやっていらしたの?』
「…………」
は何も答えなかった。
切ない顔はトランペットに向けられているが、瞳にはしっかりとトランペットは映っていないだろう。
どこか、遠い所を見ている。
まるで過去にタイム-スリップしているように、の気は薄くなっていた。
『こ、答えたくなければよろしいんですよ。すいません。変なことをお聞きになってしまって………』
今回は流石にその表情に気づき、ルルは慌てて話題を変えようとした。
『でしたら……さっき、どんな形でも良いからコンクールに関わりたいと思っていらしたとおっしゃっていましたよね?
その理由を伺ってもよろしいかしら?』
はルルを見て、力なさ気に微笑んだ。
「………良いよ。全部話す。ごめんね、ちょっと、昔を思い出していたから……」
それから十数分、は話し続けた。
途中で涙を流し、話せなくなってしまうこともあり、ルルが『またでも良いんですのよ』
と言ったが、は首を横に振って、話し続けた。
辛い過去ではない。
しかし、悲しい過去。
そして、幸せな過去……今と同様に……今以上に。
話が終わると、は鼻を啜り
「だからね、本当にありがと、ルル」
力いっぱいの微笑みをルルに見せた。
『……それを言うのは私の方ですわ。私に気付いてくださって、本当にありがとうですわ。
そしてごめんなさい、トランペットで』
ルルはの話を聞いて流れた涙を小さな指で拭い、切なげに微笑んだ。
「謝らないで。トランペット、好きだよ、私。何か可愛いじゃない。……アレはね、
今はもうただの趣味よ。だから、これで良いの。ううん、これが良いの!」
『はい……』
がそう言っても、ルルは未だに元気を取り戻さない。
「しょうがないなぁ……じゃあ、試しに一曲」
はマウスピースに口をつけ、優しく息を吹き込んだ。
ルルが元気になりますように、と心を込めて。
指の動かし方など知らないのに動く指。
初めはそれに驚いたが、次第に気分が良くなっていって、は気持ち良さそうに拭いていた。
簡単で綺麗な曲を。
そう思って選んだ曲【キラキラ星】。
初めは
『あぁ、なんて私は駄目なのでしょう……』
頭を抱え込んでいたルルだったが、演奏が始まると、演奏に集中していって、
最後には自分が悩んでいたことが馬鹿らしくなっていた。
気持ち良さそうに演奏を聴き、顔には笑顔が浮かんでいた。
「ド―」の音で終了。
はふぅ、と口を離し、ルルを見て微笑んだ。
『素晴らしいですわ!……ありがとうございます。私、馬鹿でしたわ。何で悩んでしまったのでしょう』
「ごめんね、私があんな話したから」
ルルは首を横に振って、の人差し指を両手で包んだ。
『話して下さって、嬉しかったですわ。魔法のトランペットと言いましても、自転車の補助輪のようなものですの。
音色は自分に気持ちに左右されます。、あなたならきっと大丈夫ですわ。だって、あの話をした後にあんな素敵な演奏が出来たんですもの!
コンクール、頑張って下さいね!!』
「うん!ありがと」
そしてルルは、すぅっと消えた。
消えたのではない。に見えなくなるまで、姿消しの魔法を強くしたのだろう。
はそう思い、もう一度小さく
「ありがとう、ルル」
呟いた。
その時
ガラガラッと扉が開いた。
はビクリと小さく肩をビクつかせ、恐る恐る後ろを振り向いた。
和樹先輩か柚木先輩だったら良いな〜……
心の隅っこの願いは
「普通科の生徒か」
その冷たい瞳と冷たい言葉で凍り、砕けた。
そこに立っていた彼は、の制服を見て顔をしかめた。
明らかに、を〈異質な存在〉と見ている顔だった。
「あっ、す、すいません!直ぐに出て行きます!」
は慌ててトランペットをケースに仕舞い、鞄を持って、直ぐにこの場から立ち去ろうとした。
しかし
「君は―――……」
という彼の声でピタッと立ち止まり
「はい」
彼を視界にいれた。
さっきは恐くて彼の顔などほとんど視界にいれていなかっただが、彼の顔を見て
ハッとした。
名前は知らないが、知っている顔だった。
入学当初、音楽棟を少しでも知りたくて、練習棟の裏を歩いていた。
その時耳に入ってきた音色。
まるでガラスのように透き通り、艶のある音色に引き寄せられ、はそ〜っと練習棟の
一室を覗いた。
そこにいたのが彼だった。
その音色を
どこかで聞いたことがあった。
しかし思い出せない。
出てくるのは
懐かしさと
何故か
愛しさ。
は嬉しさと緊張で震える手をギュッと握り締めた。
汗で湿って気持ち悪い。
彼が口を開いた。
「君は普通科なのか」
「あっ、はい」
「そうか……この練習室は今日一日俺がおさえている。すまないが出て行ってくれないか?」
「は、はい!すいませんでした!」
深々と頭を下げ、退散しようとしたの耳に聞こえてきたのは
「普通科とは思えない演奏だった……曲は至極簡単なものだったが」
褒めているとしか思えない言葉。
は嬉しくて、体が熱くなるのが分かった。
こんな気持ち忘れてた……誰かに演奏を褒められたときの、この心地よさ………!
「ありがとうございます!」
嬉しさの余り、思ったよりも大きく出てしまった声。
は満面の笑みを彼に向けてから
「失礼しました」
軽く頭を下げ、その場から去っていった。
気分良く、足取り軽く。
が去って直ぐに、彼は右手で口元を覆った。
顔は赤く、鼓動は速い。
「まずいな……」
その呟きは、まだこの場にいたルルにも聞こえることがないくらい、小さなものだった。
+++++++++++
月森先輩登場!
コルダ主要キャラが全員出てくるのは何時になることやら……
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