授業中、ルルはそっと耳打ちをした。
「放課後、音楽科校舎の屋上へいらして下さい」
と。
第七楽章
六時間目の終わりを告げる合図が鳴り響いた。
ホームルームを終え、は言われたとおり音楽科校舎の屋上へ行こうとした……ら。
「!」
「え?」
席が前の男子に呼び止められ、は振り向いた。
「何?」
名を呼んだ男子の方へ小走りで駆けて行き、は小首を傾げた。
心なしか、男子の頬が赤く染まったような……
「掃除当番だろ?」
渡された箒を受け取って、は「あっ!」と声をあげた。
「ごめんね、忘れてた」
持った荷物を一旦廊下に置いて、は掃除をし始めた。
何時もより速く、溜まった埃や消しカスを掃いていく。
表情は真剣で、多くの者は「綺麗好きなんだな…」といったような目で見ているが
その心の中は真剣のカケラもなく
「(ごめ〜ん、ルル。ちょっと遅れる〜)」
などと、焦りながら聞こえるはずのない声を心の中で発していたのだった。
やっとのことで掃除を終え、駆け足で階段を上り
「ごめん、ルルっ!!」
他に人がいるかどうかも確認せず、勢い良く扉を開いて第一声を発した。
「えっ?」
彼女は振り向いた。
がここに来るずっと前からいた彼女。
校庭…いや空彼方へと向けていた視線を声の方へ向け
「ルル?」
疑問符をあげた。
それと同時に、しまった!とは手で口を押さえ、恐る恐る彼女を見た。
彼女はを見、少しずつ近付き手を伸ばした。
反射的に目を瞑っただったが、彼女は何をするのでもなくその手を引っ込め
自分の胸の前で握り締めると
「もしかしてちゃん?」
遠慮がちに問うた。
「あっ、はい、そうですけど……」
恐る恐る顔を上げ、彼女を視界にいれる。
思考を巡らせ、は答えを導き出した。
「…日野香穂子先輩ですか?」
「そうよ」
香穂子の優しい微笑に、は安堵し微笑んだ。
「良く分かりましたね。私の名前」
「あいつから聞いていたからね。1年生のっていう子もファータが見ることが出来て、コンクールに参加するって。本当に参加するの?」
「はい」
満面の笑みに、香穂子は同性ながら頬を赤らめた。
「(ときめいてどうするのよ、女の子に!)参加するの、嫌じゃないの?」
「日野先輩は嫌なんですか?」
きょとん、と小首を傾げて数回瞬きをする。
まつ毛は長く、ビューラーせずとも先っぽが少しカールしている。
香穂子は一瞬「嫌」という言葉を発するのを躊躇ったが、自分の気持ちはしっかりと
伝えておかねばならないと思い
「嫌よ。でも、出るって言っちゃったからね」
の顔色を少し伺いながらその言葉を発した。
香穂子が思ったより、はその言葉に表情変えることなく
「そうですか」
声色も変わってはいなかった。
香穂子のことは香穂子自身が決める。
参加するのが嫌だと思っているのなら参加しなければいい。
相手の気持ちを尊重しないと、などということを思ったからだった。
「何でちゃんは参加しようって思ったの?」
「え?」
こんなこと聞かれるなんて思ってなかった。
聞かれることは不思議ではない。
きっとその疑問に対しての本当の答えを言うのは駄目だと無意識の思考だろう。
しかし答えは決まっている。
「この学院に入学する前から、コンクールに関わりたいって思ってたんです」
ルルに全てのことを打ち明けたようなことは今はしない。
でも
「何で?」
少しは言うよ。
大丈夫だよ、泣かないから。
全てを話すときは泣いてしまうかもしれないけど。
今はまだ大丈夫。
何時かはきっと、涙が乾く日が来るだろうから。
「お母さんがコンクールの参加者だったんです。それで色々と話を聞いていて、
楽しそうだなって思ってたんです」
「へぇ…楽しそうだったの?」
「はい。その時のことを話していたお母さんの顔、とても生き生きとしていました」
過去を思い出して、少し泣きそうになった。
弱虫じゃ駄目。
泣き虫じゃ駄目。
何度も何度も自分に言い聞かせる。
「だから頑張るんです。魔法を使っているから、確かにズルいかもしれませんけど
私達にだって〔初心者〕っていうハンデがあるんですから」
その笑顔と言葉で、香穂子の中の何かモヤモヤしたものが、少しだけスーッと
抜けていった。
「……私も、少し頑張ってみようかな」
「本当ですか!」
「うん。なんかちゃんの話聞いてたら少し興味が湧いたんだ」
「嬉しいです」
の笑顔に、香穂子もつられて微笑んだ。
「そういえば、明日参加者の顔合わせと説明だっけ?」
「そうでしたね」
「ヤダなぁ―、音楽科にいくの」
「確かに視線が痛いですよね。でも、私達普通科がコンクールにでるってことはとても
大きな意味をもつと思うんです」
「大きな意味?」
「はい。普通科と音楽科の壁ってあるじゃないですか?それが少し薄く低くなるんじゃないかって思うんです」
「そんな簡単にいくもんかな?」
頭を押さえながら、香穂子はヴァイオリンを渡された日に出会った青年の顔を思い浮かべていた。
冷たい視線、冷たい態度、頭にくる言葉。
がもつ彼への印象とは大違い。
しかし、あの音色に惹かれたのは確か。
「まぁ、そうなると良いね(そうすれば少しは嫌な気分にならなくなるし)」
「はい」
「(なんかちゃんって不思議な子だな……なんていうか、一緒にいて……)」
「…日野先輩?」
「あっ、ごめん、何?」
「私そろそろ帰りますけど…」
「じゃあ私も帰ろっかな」
トランペットとヴァイオリンを持って、二人は屋上を背に歩き出す。
「(なんていうか…優しい気分になれるんだ)」
その二人の後ろ姿を、二人の話を一部始終聞いていたリリとルルは満足気に幸せそうに
見つめていたのだった。
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久々更新!
浮かぶのが合宿とか,第2セレクション後とかばかりでこの辺書くのが大変です(汗)
でも,次の顔合わせのところはなんとな〜く考えてあるので大丈夫…だと思いたいです、はい。