切ない想いは、自分だけで
彼は目を見張った。
目の前の光景が信じられなくて
瞳を強く瞑って、見開いた。
だが、光景は変わっていなかった。
彼の好きな人が、好きな人。
そしてその人も、彼女のことが好き・・・・・・だと思っていたのに。
目の前の光景は、彼の中でそれを否定した。
相手は隠れていて見えないが、見た感じで分かった。
キス、をしていることが。
相手はピアノの前に座っているから、きっと伴奏者。
見てはいけないものを見てしまい
現実のシーンを見てしまい
身体の体温は怒りと恥ずかしさで上昇していく。
「ッ・・・・・・!」
彼は目を背け、その場から逃げるように立ち去った。
これはある意味、喜ぶべきことなのだろうに。
だって、そうすれば好きな人の恋は破れ、自分にも可能性が生まれるから。
けれど、喜ぶことなんて出来ない。
なぜこんなにも、苦しいのだろう。
分からない。
けれど
「(好きではなかったのか!?・・・・・・先輩は、渡さない。言わなければ。真実を)」
彼は一つの決心をした。
彼女を手に入れたいがために。
苦しみと罪悪感を押し込めて。
その決心が
彼女の涙を溢れさすものだとしても。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「先輩」
次の日の放課後。
授業が終わり、ホームルームが終わると直ぐに普通科棟へ行き、の教室を尋ねた。
ちょうど終わったようで、会話をしながら教室から出ていく者や掃除をしている者の姿が見られる。
の姿を見つけ、名を呼ぶと
鞄を持って、直ぐにこちらへと向かってきた。
「どうしたの、蓮君」
「話があるんですけど、ちょっと良いですか?」
「?えぇ、良いわよ」
「じゃあ、行きましょう」
こんな時、手を掴んで歩き出せたらどれだけ幸せかと思う。
けれどそんなことを出来るはずがない。
彼女と自分はそんな関係ではないし、彼女は自分の事を、ただの後輩としか思っていないから。
彼女にはちゃんと好きな人がいる。
けれど今日、それを自分は壊すのだと心に決めて。
月森はの一歩前を歩く。
目指すは音楽科の屋上。
誰もいなければ良い。
いたとしたら、森の広場へと場所を変えようと思いながら
扉を開けると、都合良くそこには誰一人として姿はなく、その空間は二人だけのものとなった。
心地良いより少し強めの風が頬に触れる。
は舞う髪を耳に掛けるようにして押さえた。
「ねぇ、蓮君。話って何?」
後ろから問われた言葉。
その声はとても優しすぎて心地良すぎて澄んでいて。
一瞬だけ決心は鈍りかけたが、それは直ぐに元に戻って。
月森は後ろを振り向き、を見つめた。
胸が苦しくて、切なくて。
やはり彼女に向ける想いは恋なのだと、改めて知った。
向けた表情がどこか辛そうだということに、は気付いていない。
別に気づいて欲しいと思ってないし、どちらかといえば気付いて欲しくない。
この切なさ、苦しさ、辛さを知っているのは
自分だけで良いから。
言葉を待つに、その唇を開いて発す。
「まだ、好きですか。柚木先輩のこと」
返事は直ぐには返ってこなかった。
驚いたようだったが、次にきたのは、前のような強がりの微笑でも切ない微笑でもない。
柔らかな、風に乗ってきた花びらのような微笑。
高鳴る胸を感じつつ、耳を傾ける。
その表情の、小さな疑問を覚えながら。
「・・・・・・えぇ、好きよ。本当に小さな頃から育んできた感情だから、そう簡単には消せないわ」
「そうですか」
「話っていうのはそれ?」
「いいえ、まだあります。というか、こちらが本題です」
口を開けば
この言葉を発すれば
傷つけるかもしれない。
花びらは散って消えると思う。
けれどもう、ここまで言ってしまったのだから
引き返せない。
心の中で強く拳を握って
溢れ出しそうな感情を抑えて
「俺、見たんです、昨日」
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彼は、月森蓮くんでした。
『フレビーレ』は「悲しみに満ちた, 哀感を帯びた」という意味です。
4.5話で終わる予定です。
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