言うつもりなんて、なかった・・・・・・
彼の辛さや切なさや、その決心を、彼女は気付いていなかった。
況して、彼の恋心なんて、気付くはずがない。
向けられた言葉に驚いて。
けれど彼は、自分の片想いは知っているから。
両想いの心は隠して、まだ片想いであるかのように返答して。
彼がその言葉にどれだけ傷つくかも知らず
彼女の言葉は無意識に薔薇の棘のように彼の心を刺していく。
彼女が幸せになるなら、良かった。
別に初めから、この想いを叶えようなど思っていなかったから。
ただ何時の間にか好きになっていた、それだけのこと。
けれど、彼女がこのまま報われぬ恋を続けるくらいなら
力づくで自分のものにしてしまおうか、と
柄にも無いことを思っている自分に
至極驚いたのは、事実だった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「俺、見たんです、昨日」
蓮君は、何故か切なそうな瞳を私に向けるから。
でも、その意味が分からなくて、私は疑問の顔を向けることしか出来なかった。
刹那、言うのを躊躇って
その唇から発された言葉は、
「練習室で、柚木先輩が・・・・・・その、キスをしているのを」
二人の秘密の出来事だったから、私は息を呑むほど驚いた。
見られていたの?
嘘。
駄目よ、そんなの。
でも、蓮君だから大丈夫かな?・・・・・・やっぱり駄目よ!
だって、恥ずかしいもの。
心の中の百面相は、少しだけ外に出てしまう。
私は戸惑いを隠せずにいた。
「えっ、あの・・・・・・」
「相手の顔は見えませんでしたが」
その言葉を聞いて、私は安堵した・・・・・・でも、誰かとキスしてた、ということは分かっているのだから。
相手が私だと気付かれてしまうのは、時間の問題?
安堵した心は再度戸惑い始める。
けれど
「相手はピアノの前に座っていたので、伴奏者の方ですね、きっと」
蓮君はどうやら勘違いをしているようだった。
梓馬の相手を、今まで梓馬の伴奏をしていた音楽科のピアノ専攻の子だと思っているみたい。
何だか複雑な心境・・・・・・・・・
でも、私と梓馬との関係が気づかれていない事にやっと本当に安堵できて
微笑を浮かべた。
それを見た蓮君は、何故か至極驚いたようで
つっかえながら、微笑みを指摘してきた。
「どう、して・・・・・・そんな普通にして、いられるのですか?」
「えっ、駄目かしら?」
「だって先輩は、柚木先輩のことが好きなのでは・・・・・・」
「えぇ」
「俺の話、聞いていましたか?」
「ちゃんと聞いていたわよ」
「ならなんで・・・・・・」
「だって、しょうがないじゃない。どんな現場を目撃したとしても、そう簡単にこの気持ちを変えることは出来ないわ」
「ッ・・・・・・!」
そうよ。
どんなことがあったとしても、梓馬のどんな面を見たとしても
この気持ちは変えられない。
幼い頃から育んできた想いは、そう簡単には。
態度をガラリと変えられ、とても冷たく接せられても
変えられずにいたように。
「先輩は、変です」
「そうね。変かもしれないわ。でもね、この想いは、きっと一生変わらない」
固い意志を表情に映して。
真っ直ぐに蓮君を見つめた。
蓮君は眉間に皺を寄せて、拳を握る。
どうしてそんなに、辛そうな顔をするの?
これは私の問題でしょう?
蓮君が気にすることではないのに・・・・・・
「それでは貴女が幸せになれない!」
いきなり声を上げたので、私は心臓が一瞬大きく脈打つほど驚いてしまい
直ぐに返答出来なかった。
驚いたことにより、少し乱れた呼吸を正して。
「そんなことないわ。私、今とても幸せよ」
「なっ・・・・・・嘘です」
「本当よ」
梓馬と私の関係を知らないから、そう思うのだと思う。
梓馬は私ではない人と付き合っているのだと思っているのだから、そう思うのだと。
けれど、私の言っていることは全てが真実だから。
こんなにも私のことを考えて忠告してくれている蓮君に
これ以上の嘘はつけないよ。
秘密、という嘘以外。
でも、何で?
何でこんなにも私のために。
そんなにも声を荒げてくれるの?
ねぇ、何で?
何時もの冷静さを、何故そんなにも欠いているの?
蓮君は、まだ信じてくれなくて。
私を哀れむような、そして梓馬を恨むような表情を向けて。
「嘘だ!今のあの人が、貴女を幸せに出来るはずがない」
そう言い放つと、私の手首を強く掴んで
「えっ・・・・・・・・?」
苦しいほど、強く抱きしめた。
背中に回された手は、乱すほど衣服を強く掴んで。
直ぐ側で、切ないほどの苦痛が聞こえる。
「俺なら、幸せに出来るのに・・・・・・俺では、駄目ですか?こんなにも、貴女のことを好きなのに」
「蓮・・・くん・・・・・・」
返事なんて出来なくて。
この状況で、これ以上
蓮くんの心を踏みにじることなんて、出来なくて。
私は名前を呼ぶ事しか出来なかった。
「蓮、く・・・ん」
「ッ!あっ、すいません!!」
身体を束縛する力はとても強くて、色々な意味で苦しくて
もう一度、名前を呼んだら
蓮君は私から離れ、顔を赤らめて片腕で顔を覆って
その場から逃げるように去っていってしまった。
だから、心配してくれていたのね。
だから、こんなにも私のことを・・・・・・・・・
私、とても酷いわね。
自分の想いしか、考えてなかった。
蓮君が、私に、私が梓馬に持つ感情と同じものを持っているなんて
思ってもみなかったから。
あの切ない表情や辛い表情の意味が
今なら分かる。
身体に無理矢理残された温もりと苦しさは
直ぐには消えそうにない。
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蓮君の想い。
すっごく書きたかったところです。
この連載を考え始めたときから。
お次は黒王子さまが出てきますv
そういえば名前変換がなかった・・・・・・
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