短い間だけと君と過ごした場所。
君に出会った場所。
そして
君を好きになった場所。
ここは君との思い出でがいっぱいだよ。
phrase.9
奏乃を連れて、十年ぶりくらいに訪れた学院はほとんど何も変わっていなくて。
変わっていることと言えば、学院を去るときは冬だったが、今は秋なので草木は程好く色づき、
花々も色彩豊かに咲き誇っているといったところだろうか。
途中ですれ違った何人かの生徒に挨拶をされ、笑顔で返し
職員室の扉を学生気分で「失礼します」と開いた。
今は授業をしている時間だが、ちょうどこの時間持っているクラスがない教師が何人かいて、皆の視線はへと向けられる。
その中に良く知っている顔を見つめ、はパァッと顔を輝かせてその教師の元へと向かった。
「お久しぶりです、金澤先生」
「あ?・・・・・・!じゃなくて、今は火原か。ややこしいな、全く」
椅子を回して振り向くと、数年前の結婚式で久しぶりに会った教え子の顔。
年齢を刻んでいるのに、今だ若さは保たれているようで全く変わっていない。
金澤はの旧姓を呼んでしまい、面倒くさそうに訂正した。
くすくす笑うの右手には小さな手が握られていて、視線を下へ向けると
小さな女の子が金澤をじーっと見ていた。
「久しぶりだな」
「えぇ」
「その子は二番目の子か?」
「はい。ほら、奏乃。ご挨拶して」
優しく背中を押すと、奏乃は「う?」とを見てから、また金澤の方へと視線を戻し
「ひはらかなの、3さいです」
指を3本立て、大きく前へ出した。
「おぉ、上手に言えたな。偉い偉い」
優しく奏乃の頭を撫でてやると、一瞬びくっとしたが、直ぐに嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
そしてから離れ、金澤の足の辺に抱きつき「おじちゃん、だっこしてー」とせがんだ。
「そうだよな。おじちゃんだよな」
「おじちゃん」と呼ばれたことが少しショックだったように苦笑しつつ小さく呟き奏乃を抱き上げて自分の膝の上へ座らせた。
煙草の匂いを指摘されないかちょっぴり不安に思いながら。
「で、お前さん、一体どうしたんだ?」
「あの、和樹さんの忘れ物を届けにきたんです。昨日大事な書類とか言っていたので」
は茶封筒を金澤に見せた。
金澤はそれを見て、しばし考え、それが何の書類だかを思い出し
「あぁ、今日の放課後の会議で使うやつだ。ったく、あいつは」
はぁ、と呆れの吐息を吐き出したと同時に
チャイムが鳴った。
「おっ、ちょうど良い。授業も終わった事だし、それ火原に直接渡してこいよ」
「えっ、良いんですか?」
「その方が火原だって喜ぶだろうし、会わずに帰ったら俺が責められそうだ。金やんずるい、ってな」
その光景が容易に想像出来て、は小さく笑った。
金澤は膝の上で今までじっとしていた奏乃に
「パパに会えるぞ〜」
「ほんと!?」
微笑を向けて言い、はしゃぎだす奏乃を膝から下ろして
「ママ、はやくパパのとこいこぉー」
「ちょっと待ってね。何処にいるんですか?和樹さん」
「音楽室だ」
「ありがとうございます。今度、遊びに来てくださいね」
「そうだな。上の子も見たいし、お言葉に甘えるか。・・・・・・思い出すな」
「何をです?」
「上の子が生まれるっていう連絡が入ったときの火原の行動」
その言葉に、は苦笑しか出来なかった。
「ねぇ、ママまだぁ〜?」
くいっ、とのスカートを奏乃は引っ張る。
早く火原に会いたいと瞳が訴えている。
「早く行ってやれや」
「はい。では、失礼します」
「おぉ」
他の教師達にも軽く会釈をして、と奏乃は職員室を後にした。
向かうのは音楽室。
学生だった頃・・・・・・この学院にいた頃、クラスの次に良く使った教室。
そこまでの道のりを、まだしっかりと覚えている自分に驚きつつ
は奏乃と手を繋いで歩いていた。
「パパまだかなぁ〜?」
「もうちょっとよ」
「はやくあいたいな・・・・・・あっ!」
すると突然、奏乃が声をあげて顔を輝かせた。
奏乃に向いていた顔を前へ向けると、火原がいた。
女生徒と何やら談笑している。
その光景がとても微笑ましくて、は微笑を浮かべた。
奏乃は早く火原の元へと行きたいようで「ママ、はやくぅー!」と急かし、の手から
離れて火原の元へと走り出した。
「パパぁー!」
愛しい声が聞こえて、でも学校にいるはずがないと思って。
不思議に思いながら声のする方を見ると、奏乃がこっちに向かって走ってくる。
「パパっ!」
しゃがんで、走ってくる娘を抱きしめるように受け止めて。
奏乃は満面の笑みを浮かべて火原に抱きついた。
「火原先生の子なんですか?」
「うん、そうだよ」
「可愛いー」
「奏乃、何でいるの?」
「あのね、ママときたのぉ」
奏乃が走ってきた方を向くと、こちらへが歩いてくる。
火原は奏乃を抱きかかえて立ち上がり、の元へと足を数歩進めた。
「、どうしたの?」
「和樹さんが忘れ物をしたから届けにきたの。昨日、大事な書類って言っていたから」
はい、と茶封筒を渡すと、火原はそれを見て、やっとそれを忘れたことに気付いたらしく
「えっ!俺、忘れてた!?」
「えぇ」
「うわぁー・・・ありがとう、!助かったよ」
「どういたしまして」
後ろで「火原先生の奥さん?」「うわっ、すっごく綺麗・・・・・・」「てか若くない!?」などとひそひそ声がする。
女生徒達とバチッと目が合い、もじもじする彼女達には微笑んだ。
瞬間、女生徒達は頬を薄紅色に赤らめて
「じゃあ、火原先生、またね」
「奥さんも。今度、学校での火原先生のお話聞かせてあげます!」
「あら、嬉しい」
「えっ、ちょっ、待って!」
などと言って、走り去っていった。
「お話に誘われちゃった。じゃあまた来ないと」
「えっ!」
「駄目?」
「いや、嬉しいけど・・・でも、さ・・・・・・あっ!」
来て欲しいけど、冷やかされたりされそうだから少し嫌・・・だけど
と悩み、何と言って良いか分からず口篭る火原は、いきなり声をあげた。
「ねぇ、時間ある?」
「えぇ」
「じゃあさ、行きたいところがあるから付き合って」
「良いけど、和樹さんは良いの?」
「うん。次は授業ないんだ」
嬉しそうに楽しそうに。
奏乃を抱きかかえながらウキウキと歩き出す火原の隣りで首を傾げつつ歩き出す。
何処へ向かっているのだろう。
見覚えのある通路。
もしかして・・・・・・
階段を上って、扉を開くと
青空が広がっていた。
「屋上・・・・・・」
「そう。君との想い出がたくさんある場所。君と俺が、仲良くなった場所。あと、君にフられた場所」
「それは・・・・・・」
フェンスまで歩いていく。
懐かしげに微笑むの横顔を見て、火原は胸に温かなものを感じた。
「君とここで過ごした日々はとても短かったけど、とても大切な思い出だよ」
「私も・・・・・・幸せでした」
「今は?」
「今はもっと幸せ。隣りに和樹さんがいて、皓樹がいて奏乃がいて・・・・・・和樹さんには本当にたくさんの幸せを貰っているの」
「それは俺も一緒だよ」
二人同時に微笑んだ。
腕の中にいる愛の結晶の一つである娘は、気持ち良さそうに眠りの世界へと旅立ってしまったようだ。
「好きだよ、」
「私もです、和樹さん」
この場所では交わし合えなかった愛の言葉を交わして
その愛を誓い合うように
そして二人はキスを交わした。
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これで、連載終了です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
お話の中で金澤が言っている、上の子が生まれるときの火原の行動を書いてみました。
よければどうぞ。
*初!お子様誕生プチ騒動*
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